農家のお菓子とごはん「こめはなや」

2011年6月23日

映画「祝の島」(ほうりのしま)上映会をしました。


 
13日の夜に、こめはなや初めての映画上映会を離れでやりました。 
 写真の右側のやっちゃんが、機材一切を背負って出前上映するやり方です。少人数で交流しながらの「こたつ団らんツアー」。今回はうちを初日に5日間で計250名近い人がこの映画を見ました。

 私たちも含めて26名だったので、離れはちょと狭く、申し訳なかったかな。でもゆっこちゃんと私は、この場にこれだけの人がつどってくれた事自身に、まず感動してしまっていました。

 この映画は中国電力の上関原発建設を、28年反対してきた祝島(いわいじま)の人たちの暮らしを、じっくり見つめた映画でした。同じく祝島を撮った鎌仲ひとみさんの「ミツバチの羽音と地球の自転」も上映実行委員会で試写させてもらいましたが、また違う視点でどちらも見れて良かったと思います。

 「ミツバチ」の方は全体の状態、島のこと、原発建設の様子、この地域の海がいかに特別大切な場所なのか、などなどわかりやすく理解できました。そしそこに暮らす人々の大変だけれど強い意志を、実に感動してみたのでした。28年間!という年月を反対運動し続けるこのおばちゃん、おじちゃんたち。私も頑張らんばいけんと、いつもそこに戻れるようになりました。

 そして「祝の島」を見た一番の感想は、「やっぱ自然、土、海、水がすべて」という確信でした。札束で頬を打つような、金で人々の関係をずたずたにして、思う通りの建設をしてゆくやり方に、この人たちもさらされたはずだと思うのですが、どうしてここまで「金じゃない。海がなければ私たちは暮せない」と確固として反対し続けることが、この人たちにはできたのでしょうか。やはり神がすむ島だからでしょうか。

 5日間に及ぶ「神舞」を伝統として守ってきた島で、原発問題の為に島の人間関係が壊れて祭りも行われなくなっていたのだそうです。神舞は復活していましたが、もう人が誰も訪れなくなったという神社は、草に覆われていました。想像を絶する壮絶な日々があったことが、その景色に読み取れて胸が痛くなりました。

 背丈の何倍もの高さの石垣を積んだ棚田を、一人手入れし米を作るおじいさんがすごかった。そのまたおじいさんが山から石を掘り出し、転がして並べて延々子や孫のために田んぼを築いたのだそうです。いやあ、ほんとに参りました。ぜひ皆さんも機会があったら見てください。

 私も大地に根を張り、コツコツ働いて、でもイラナイものはイラナイとちゃんと体を張って反対せんといかん!と深く思ったのでした。

 長くなってしまいますが、2007年に“walk9”(正木高志さんを中心に、若者たちが出雲から青森六ヶ所村まで3か月間歩いた)にところどころ参加した時の記録を載せてみます。「金と原発」を体で感じたときのことでした。読み返してみて最、後のところで、気楽な生活もいつまで続くかわからない云々という所があり、自分で書いたものながらびっくりしています。こんなことを感じてきたのに、自分の生活は変えなかった反省しきり。


4月8日(水)京都府舞鶴
 「この頃は一列で歩いてるんです。」合流したばかりで、並んで次々ウォーカーたちに話しかけていた私にRちゃんが言った。「そうなんだ」と黙って歩く。しばらくすると景色がはっきりと見えてくる。3月に出雲から出発の数日だけ参加したころは、わいわいがやがや、楽しいばっかりだったけれど、今はぐっと落ち着いてグングン歩いているのが、とっても気持いい。

 パラパラ雨が降ってきた。雨脚が強くなり、工場の軒に雨宿りしようとしたところに、間髪いれずカンちゃんの伴走車がす~っと入ってきて止まった。「す、すごい。ありがとう!」カッパを着て熱いお茶をすするとほっとする。みんな少しのあいだに鍛えられたねえ。

 その後もカンちゃんのナビ車は先々を偵察しては、要所で待っていて「こっちの道がいいです。」とリードしてくれる。気合が入っている。ピリッとした仕事のお陰で、みんな快適に迷うことなく歩く。カンちゃんは、足を痛めてびっこを引いているので、車係をかってでてくれているのだけれど、信頼と感謝です。

4月9日(木)福井県に入る。
この日は陽が差したり、雨がぱらっと降ったりといったお天気。そんな中を国道からそれて高浜原発に向かう。若狭湾に突き出した細い半島の中ごろに原発はある。やがて原発に出た。間近に見えるところを県道が通っている。普通は人目につかない浜の裏がわなどに建設されており、このように見えるのは極めて珍しいらしい。だいたい巨大な送電線の連なりで、原発の位置がわかるのだけれど、ここは・・・。その姿に絶句した。半島をざっくり分断して、広い水路を作り、東の海から西の海へ大量の水が原発に吸い込まれてゆく。

 その水路の上高く々々、道路が通っており、私たちは橋の上からその様子を眺めているのだ。高いはずだ。中腹にある道から海面下まで大地を削り取ってしまったのだ。橋の上から水路の水の流れを見ていると怖い。ただ高いからでなく、このような異様な姿で人に使われている山と海の苦しみが心に響いてつらい。山肌は今、山桜の薄いピンクが盛りで美しいのに。その痛々しさに申し訳なくて、涙が止まらない。橋の上から手を合わせて祈る。

 この夜は原発のお膝元で脱原発運動を続ける方のお宅にお世話になった。この地域で運動を続ける勇気と、差し出している力の大きさ、そして内に深い痛みを抱えて明るく笑う姿が心にしみた。
 その夜、Walkのみんなは、今後参加する人たちに向けてのガイドのようなものを作ろうと、輪になって活発に議論していた。自分にとってWalkがどういう意味をもつのか、真剣に語り合うメンバーの真っ直ぐさが素敵だとおもう。

4月10日(火)高浜から小浜へ
国道を歩く。テーマパークのような巨大建築物が続く。歩道は広くてきれいだけど、通り過ぎる車の排気ガスもあって、みんな黙々歩く。浜沿いにはきれいなトイレも所々にあり、時々工事している所を見る。どこもピカピカだが、みなの心は冷えたまんま。

突然、前を歩く正木さんが立ち止まって「これはひどいねえ、ごらん露骨だよ。」という。奇妙な景色にみんなが驚く。今まで歩いてきた国道沿いの広くてきれいなブロックが敷き詰められていた歩道が突然終わり、浜も終わってるのだ。いままで私たちが歩く左側に続いてた砂浜は実は人工ものだったのだ。駐車場完備のきれいな海水浴場風の浜が、ケーキを切ったみたいに突然終わり、後は砂浜などない細々テトラが並んだ普通のよくある海辺の国道がシーンと続いている。歩道さえもない。ここまでは原発がある高浜町と大飯町、これから先が原発を受け入れなかった小浜市。

小浜市に入って少し歩くと見る見る様子が変わってきた。全体が落ち着いている。家々の佇まいがしっとりしていて美しい。若狭はどの家も瓦葺、板壁、漆喰で寄り添うように建っており、大切に住み暮らしている様子が感じられて見ほれてしまった。国道に沿うように旧道が残っていて、そちらを歩くと花も満開、陽だまりにおばあちゃん達が座っておしゃべりしていたりして。凍りついた心が一気に解けていった。「きれい!きれい!」歌もでる。風景の調和を乱す色や物がない、という事にしんから驚く。

 小浜に向かう海沿いの自転車道を歩く。なんと山がきれいだろう。木々がピカピカ光っている。花が唄うようだ。海が明るい。鳥が囀る。幸せな気持が身体に満ちる。正木さんがほら貝を吹く。ほら貝の音が生きものと気と響きあうように、透明な空気にとけてゆく。

 そうだ、思い出した。子供のころは近くの川の深いふちには鯉がゆっくり泳いでいて、丸木を半割にした橋が渡してあった。月が出ると大きな胡桃の木が陰を落し、月見草の花が咲き乱れて、川面に月の明かりがゆらゆらゆれた。そして目には見えないものの息づきをいつも感じることができた。その河がコンクリート三面張りの川になるまで。

 正木さんが歩きながら説明してくれる。  
 「この美しい小浜の自然は、原発の補助金には頼らないって、原発関連施設の建設を拒否している住民のお陰で守られているんだ。周辺の自治体には莫大なお金が落ちるから住民の中には原発を作って豊かになりたいと言う人も多い。その中で反対運動をやりつづけると言うことは大変なことなんだ。」
 「本当のところ、原発も悪いけど、もっと悪いのは“お金”だよ。お金で人の心がすさんでしまう。心が金に絡め取られると、自然も文化も環境も破壊され、病んでゆくんだ。千と千尋の物語の中の、カオナシさ。差し出された金を受け取らない勇気がどれくらいの人にあるだろう。」

「そういえばいままで所々でがけ崩れを見たけど、小浜に入ってから見ないね。」と誰かが言った。ほんとだ。人の心が壊れると大地を引き締める力も崩れてゆくのか。なにか見えない大切なものものが失われていっている。背中がぞくっとした。
 一歩一歩、歩くから見えてくる。大地を踏みしめ風を感じて歩くから見える。人の心は環境だって。

 奈良のお水取りの水を送っているという、川の上流。廃校になった小さな分校に日暮れ方到着。ろうそくの光の中で夕食を作って食べ、とにかく寝よう。充分な水と4つ口のガスが使えることに、心から感謝。

4月11日(水)小浜から三方まで
朝一番に「若狭一の宮姫神社」にお参りする。実にしっとりと美しい神社だった。おばあちゃんたちが3人でお掃除をしていた。参道の石畳の苔までを洗い流して。すがすがしく洗いたての神社に祝福していただいたような気がする。美しい一日が始まる。小浜大好きになってる。

今日は国道沿いでいやだなぁ、と心の中で思っていたのだが、別ルートで良い道があり、美しい風景の中を快調に歩く。穂ぞろいの大麦の畑が広々広がる。柔らかな浅緑のグラデーションに、のぎの先がほんのり紅を帯びて美しい。
満開の桜、菜の花、菜の花、菜の花、大根の花、れんげ、ひばりの立ち泳ぎ!鴨にサギ、いい天気!きれい過ぎる。ぐんぐん歩く。畑で働くお年よりたち。挨拶をすると気軽に答えてくれる。そこここに小さくて古く、美しく手入れされたお堂がある。手をあわせてお参りしながら歩く。

みんなと並んで歩けることが嬉しいね。話題は神話の時代。大陸や半島から渡ってきた人たち。若狭はそのころ今の神戸と横浜のような所だった。はたまた羽田と成田か。神社や寺、古墳が沢山あり、歴史の厚みのある土地は、ちょっと話を聞いたぐらいでは理解できない。しかし昔を想像してみると歴史オンチの私でも、ワクワクしてくる。「敦賀」の意味は、角がある人という意味、渡来人を意味しているそうだ。

今日はしっかり歩いた。廃校に戻る道の遠さに歩いた道のりを感じて、ちょっと満足。今日はノビルの酢味噌和えと、ヨモギのてんぷらだもんね。からだいっぱい春。

4月12日 三方から敦賀へ
 小浜を離れてまた様子が変わってきた。なんたら住宅のプレハブハウスが増えて、看板がどぎつく、工場も多くなる。ここまでやるかと思うほど、巨大公共建築物が建っている。
 ふと見ると、立派なコンクリート工場があり、私たちが歩いている農道(二車線の広くない普通道路でほとんど車が通らない)に工場側へ渡る地下道があった。周りは田んぼしかないというのに、猫だって平気で5秒でわたれる道に地下道が必要なのか?と腹立たしくなる。きれいな小浜を満喫してきただけに、疲れがどっと出る。

そういえば、昨日から気になっていたのだが山の木々の枯死がひどい。もうスカスカと言う感じ。本当にひどい。酸性雨か黄砂の影響で木が弱って、虫や病気になっているのかもしれない。木が健康なら松食い虫などが異常発生しないはずだ。弱っているものから死んでいっていると言うことなのだろう。初めてこんな景色を見た。病んでる・・・。そしてまだ表面に現れなくても、確実に環境破壊という病は進行していっていると感じた。

歩道のない危険なトンネルを通過する際は伴走車に乗り込む。トンネルを抜け整備された公園の浜でおにぎりを頂く。ウォーカーたちが鍋で上手に炊いてくれたおこげ入りおにぎりが最高においしい。ゆっくり味わいながら実においしそうに食べているみんなの様子を見ている私も幸せになる。毎日食べてもおにぎりは飽きないね。私の今回の参加は今日でおしまい。筋肉が痛いですが心穏やかにウォークを離れました。
ウォーカーたちの暮らし
日によって違うのでしょうが、だいたいこんな風です。

朝6時 起床、ささっと寝袋を片付け、瞑想。約30分くらい。
朝食当番は早めに切り上げ、準備に立つ。
6時半 自彊術(体操の一種で結構早く活発に動く)イテテテ。
身体が活性化して元気が出る。いいもんだなあ。ちゃんと習いたい。
7時  朝食、まず梅醤番茶をゆっくり飲み、ひとしきり話をする。正木さんがその時々に必要と思っ
たことを話してくれる。生活態度を注意されることももちろんある。これから青森まで中心に
なって引っ張ってゆく人たちだから厳しいこともある。
朝食後 今日のスケジュールと担当の確認をして出発準備。後発の車はおにぎりを握って出る。
夜は宿泊場所でミーティング。ガンバッテルヨ。みんな。

 みんな忙しい。移動続きで洗濯も大変だ。それぞれ分担して全員でまわしている。常に自分がどう動いたら全体がうまく回るか考えながらやっているのが見えて、気持ちよかった。積極的で意見も出し合い、すばらしい仲間だと思う。
 食費やガソリン代は参加者の一日500円の自己負担でまわしている。質素に、質素に。ポリタンク1つ買うのでも、皆でどうするか考えている。買うことは簡単だがほんとに必要なのか。「アイスクリーム食べたいねえ」と誰かが言うと、「足ることを知り~、質素で~、むさぼらずう~」と誰かが必ずブッタの言葉を歌にしたお経を歌うんで、はっと我に返るのだ。大切だよね。今の時代。大きな学びだと思う。
 歩いていると各地で寄付金を頂く。このお金は能登地震の被災地に寄付したり、苗木代にしたり、六ヶ所の近くに広い土地を買って、若者がこられる場を作る費用にすると言う話だ。

 朝の静かな時間、質素な暮らしの中で、自分の生活を見直す事ができた。参加している若い人たちはいろんな面で得がたい学びと訓練をしていると思う。きっと青森につくころは頼もしい青年達になっているのだろう。わたしもちっとはましなオバサンになりたいものだと反省した。

家に帰って遅れた農作業を片付ける。自家野菜で夕食を作る。一番幸せな一舜なのだが、ふと“いつまでもこの暮らしが続くと思ってきたけど、終えるときが間近に迫っている”という思いが浮かんだ。今、何をするべきなのか。数日間のウォークではあったけれど、出された宿題の大きさに気を引き締めて向き合っている。





 

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