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2010年4月27日

正木高志トークライブ2010

 4月19日、一年ぶりに正木高志さんにトークライブをして頂きました。



 
 いつものようにまず歌から。







 20人が耳と心を澄ませて聞きました。

 友人3人と、少し遅れて参加してくれたサヨコオトナラのオトさんが、正木さんの歌にギターをつけてくれました。素敵でした。





 終わってからみんなで食事です。人数が多いので、テーブルとイスを出して、床に座布団の初めてのこめはなイベントバージョン。この日参加してくれた海老原よしえさん、kuriのおふたりなどミュージシャンによる心にしみる歌声で、夜が楽しく更けてゆきました。




 さて、お話の内容ですが、韓国を100日歩いたウォークについて、また、自然と自分との関係をどうとらえるか、どう向き合うかをインドの非二元論の立場から解りやすく話してもらいました。「仏性」こそが大切である事。またスピリチュアルと言ったときに陥りやすい間違いもせつめいしてもらいました。

 通してのテーマは、いかに戦争のない平和な世界をつくるかであり、その道筋についてです。韓国を歩き通したことで、その道に確信を持ったと。韓国の人々と交流することが一番大切と。

 韓国と日本が市民レベルで和解したら、韓国と北朝鮮との壁が取り払われる、東アジアから平和が始まる。そのために、と色々なプロジェクトが始まっているそうです。

 わくわくしました。希望を感じました。

 私の感想などでは、イマイチ伝わらないし、不備でありますから、以下長いですが正木さんのブログからプロジェクトの一つ「リッコーホ」に関する文章をそのまま転記します。詳しくは正木さんのHPをご覧ください。


http://masakitakashi.com/archives/diary/


4月15日



春の芽吹きとともにリッコーホ・プロジェクトが動きだしました。
ただいまホームページ作成中です。

「リッコーホ」は「みどりの1000人リッコーホ」の略称です。

2011年春に統一地方議会選挙がおこなわれます。全国の市町村議会の議員選挙です。
リッコーホは、1000人のみどりのハートをもつ若者たちに立候補してもらい、「みどりのお母さん」を募って全国的に大応援しようというプロジェクトです。


ある日、妻と阿蘇の深い山奥の細道を通りがかったときのことでした。
道の両側からぼうぼうとススキの生い茂るなかを、ゆっくりと車を走らせていたら、一匹のキツネが目の前を横切ってゆきました。
あっ、キツネ!
そっと車をとめて通り過ぎた方を見ると、キツネはススキの茂みのなかで振り返ってこちらを見ています。
あれ、何してるんだろう?
何か、言ってるみたいね。
目がとても悲しそうでした。
何かを訴えるように、じっとこっちを見ています。
目を合わせたまま、私たちはしばらく向き合っていました。
どうしたんだろう。
ねえ、もしかしたら道路ができるんじゃないかしら、ほら、あの途中までできていた道路が・・と妻がいいました。
それから間もなく、ほんとうに道路工事がはじまりました。そこは阿蘇山の山奥の奥に残されていた自然の王国で、私たちが大好きな場所だったのです。
大切な場所が奪われた悲しい出来事でした。


メディアのニュースにもならないそんな小さな自然破壊が全国の津々浦々で進んでいます。森が壊され、小川に蓋がかぶせられ、沼が埋め立てられ、護岸工事され・・鳥も虫も、魚もカエルもみんな住処を追われています。生まれ故郷の砂浜に戻ってきた海亀たちはいったいどこに卵を産めばよいのでしょう。そんな海亀の母さんや遊び場を追われたキツネの子どもたちの悲しみや嘆きが響きわたっています。それを感じていっしょに涙をながし、生き物たちのために何かしたいと思っている多くの人たちの願いと、声なき声を結びつなげて、これ以上の環境破壊を止めたい、自然をよみがえらせたいとリッコーホ・プロジェクトを立ち上げました。
行政に頼んだって、業者に抗議したって、だれも破壊を止めてはくれない。それならすべての生きものたちの嘆きと私たちの小さな涙をいっぱい集めて、みどりのネットワークをつくり、自分たちでほんとうに破壊をやめさせることのできる文化と仕組みをつくろうではありませんか。

2007年の春から夏にかけて、私は島根県の出雲から青森県の六ヶ所村まで、海の平和を祈って原発のならぶ海辺を巡礼しました。驚いたことに、その3ヶ月間に出くわしたヘビがたったの2匹だったのです。信じられますか?自然界で何かたいへんな異変が起きているのです。海は護岸工事とテトラポットだらけになり、自然のままの砂浜はもうほとんどありませんでした。
それはちょうど前回の統一地方議会選挙のときのことで、そのときに政治を無視できないことに気づいたのです。なぜって、自然破壊工事のほとんどが国や県や市町村の議会を通じてなされているのですから。それを止めるには、止めたいと願う人たちが、計画案が議会で可決されるまえに止めなければなりません。そうしなければ止まらないし、そうすればきっと止まるはずです。


「リッコーホ」は「みどりの党」とどこが違うのかって、よく訊かれます。

私はリッコーホを政治運動と考えていません。
政治性をそなえたみどりのカルチャー・クリエイティヴ(文化運動)です。
7世代先の子供たちのことを考える文化は、政治から顔をそむけるわけにはいきません。

私たちは政党ではありません。
イデオロギーの旗を山に立ててそこに意識の高い人たちが集まって政党がつくられるのであるとするならば、私たちが考えているのは、平地や盆地に暮らすフツーの人たちが、ただ「みどり」の思いと願いだけで結ばれてつながる、政治的ネットワークです。前者を男性的な政治とすれば、後者は女性的な井戸端会議です。女性として、男性型の「みどりの党」とは、互いに助け合い補い合う関係が築けたらステキだなと思っています。

立候補する人も、投票する人も、意識が低くったっていいのです。
意識の高い専門家の政治じゃなくて、むしろ意識の低い人たちのする政治こそ大切だと思います。なぜなら、意識の低い人の方が、高い人たちよりダンゼン多いから、うんとたくさんの眠っていた票を掘り起こすことができるはずです。
当選したら、議会に提案される議題をチェックして、問題ありそうな計画があれば専門家でつくるチームにメールで相談してくれればいい。そこで話し合って環境破壊の危険があるとわかったら、全国ネットで署名を集め、議会を通過する前にストップをかけるのです。だからほんとうにだれでも議員になれます。
私自身、政治オンチで、意識は低い方だと思います。正直に言うとこれまでは、投票したって状況はあまり変わらないと思っていました。票が活かされる可能性が感じられなかったのです。だから思うのです、私たちの投票がほんとうに活かされるシクミが大切だって。それが地方議会であり、1000人リッコーホなのです。

はじめ私はこれを、「意識の低い政治」ってよぼうかなと考えていたのですよ(笑)。だけどそれではあんまりだから、今は「アンビエントな政治」と語っています。
ほら、60年代のボブ・ディランや70年代のボブ・マーリーみたいなメッセージ性の強い音楽にたいして、80年代にアンビエント・ミュージックとよばれるジャンルが生まれたでしょう。水のせせらぎや、雨の音や、風の吹くような、あるのかないのか目立たないけれど、心をやさしくつつんでくれる空間音楽、あるいは環境音楽。
そんな、参加するとみどりの意識につつまれて、やすらぎ、あたたかく、安心できて楽しくなる心地よい政治、って可能ではないでしょうか。
だれでも気楽に、ホームウエアやスリッパで参加できる当たり前の政治です。投票にゆき、あるいはリッコーホするだけで自然破壊をとめることができるなら、こんな体にも心にもやさしい政治はありません。


大切なのは投票にゆくみどりのココロ。
その気持ちを活用できる選挙のシクミ。
結びつながるみどりのネットワーク、
アンビエント・ポリティックス

選挙運動では全国一斉に植林をしましょう!
口べたでも、引っこみ思案でもかまいません。
それならゴミ拾いや海岸の清掃をしましょう。

森を追われ、川を追われ、海が埋められて泣きじゃくっている生きものたちの、緑色の涙をいっぱいあつめて、これ以上の自然破壊を止めましょう。
素朴で素直な気持ちで気楽に気軽にリッコーホしよう。投票しよう。
大勢でリッコーホして、大勢で投票すれば、きっと大勢のみどりの議員が生まれるよ。

ええじゃないか ええじゃないか リッコーホ!