農家のお菓子とごはん「こめはなや」

2012年7月27日

命の行進2012に感謝









 先日の正木高志さんのフェイスブックを見るまで、2月からすべての原発を回って歩いて、8月に広島まで行くという、「命の行進2012」が進み続けていることを知りませんでした。

http://inochinokoshin2012.blog.fc2.com/
http://www.facebook.com/pages/%E5%91%BD%E3%81%AE%E8%A1%8C%E9%80%B2-2012/173948022716965


 雪の中も雨の日々も、そしてこの暑さの中、半断食の行進や原発前の断食供養をしながらの祈りに、ただ涙がとまりません。ありがとうございます。
 この姿は、反原発という一面だけではなく、世界の平和を願い続けてきた日本山妙法寺のみなさんの深い強い、すべての生き物たちへの平安への思いであると感じました。

 日本山妙法寺は故藤井日達上人(しょうにん)が始められた、日蓮宗のお寺です。妻帯結婚は認められておらず、檀家もありません。従て葬式や法事による収入でなくて、街頭修行の托鉢などで暮らしておられます。南無妙法蓮華経と唱えながらひたすらに世界の平和を願い、各地に自力で仏舎利塔
を建てておられ、平和行進に黄色いお袈裟を着て太鼓をたたいておられます。

 小澤は25年以上も前になりますが、佐渡の日本山の籠八接心(12月初めの一週間の断食修行)に初めて参加させていただいたご縁で、平和行進に出かけられた武田上人さんに頼まれて、佐渡の留守寺を一冬守らせてもらいました。寺と言ってもほとんど外見は民家に近い、質素なところです。裏の道をどんどん登ったところに、立派なお仏舎利塔があり、両津の湾に面して美しい海が広がっていました。

 まったくシロウトのわたしに、「毎日お茶と水を上げて、太鼓をたたいて、このお経を読んで・・・」と言ったお上人さんもお上人さんですが、私にとっては雪の中で一人静かな時間を過ごせる、ありがたい経験となりました。 その後、長野や渋谷などのお寺にもお邪魔しました。当時長野は年配の安寿様(尼さん)がふたりで暮らしておられました。安寿さまは高等女学校の学生であったころ、藤井日達様の話を聞いて、家族の反対にあって勘当されながら出家したたそうです。まったく収入なくて、お兄さんがこっそり電柱の根元に食べ物を埋めてくれたものを掘り起こして飢えをしのいだそうです。


 その暮らしの中、自分で一本々々材木を担いで運んで、長野の御堂を作ったと。その後小諸にお仏舎利塔を建てられたという事で、本当に燃えるような信仰を持った方でした。どこに行っても静かで熱い方にお会いしました。私はその後インドの思想に惹かれて日本山にはあまりゆく事がなくなりましたが、10年以上過ごした熊本は花岡山の道場が近くて、時々お参りやお手伝いに行くことが出来ました。長野はさすがに遠くてお参りも失礼しています。


 そんなこんなで久しぶりに日本山のみなさんの歩みを拝見して、自分の暮らしを反省しているこの数日です。いまここ、をちゃんと暮らすことで精いっぱいな毎日ですが、この祈りだけはどこでもできるはずなのですから。


 今日もこの暑さの中を歩いてくださているみなさまに、ほんとうに感謝しています。祈りの力を信じて人間だけでない、すべての生き物たちの安全と平和を願っていきたいと思います。


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