農家のお菓子とごはん「こめはなや」

2009年7月31日

小学校にお弁当配達

 地元の小学校の先生向けお弁当を注文していただきました。

 夏野菜(かぼちゃ、なす、ピーマン)と鶏肉少々を一度揚げて、青じそをたっぷり入れた甘辛たれで煮たものと、ひじきの酢のもの。ジャガイモとエリンギのインド風、デザートは梅ジャムと干し柿の寒天です。

 ありがとうございました。

2009年7月29日

センノウの花

 山すその夕暮れ 

 今年もマツモトセンノウの花が咲いていた。

ありがと

 休耕田に囲まれた小さな田んぼを任されて、都会育ちのゆっこちゃんが草を刈っている。

 稲を育てる、と一言で言うけど、田んぼに水をため続けて、稲に気持ちよく育ってもらうのは本当に大変だ。時々土手にモグラの穴があいて、水が抜けてしまったり。思いもかけないことが起こる。鹿もイノシシも来る虫も来る、大雨も降る。何より草がどんどん伸びる。

 自然が相手。自分の思うようにはならない。
 見つめる。考える。稲に聞く。考える。やってみる。失敗する。そして学ぶ。

 初めてのことばかり。「なんじゃあ、こりゃ!何見てんの!」と情け容赦なく、鬼店長が叫ぶ。マケルナゆっこ!

 今に稲が「水が冷たいよ~」とか「草とって」とか言っているのが聞こえるようになるから。自分が田んぼの中で、稲の一株に、虫一匹になってゆくような気がするような日が来るから。

草かり

 山あいの小さな田んぼで草を刈る
 
 まわりは、ただ、みどり。

 ただひとり、露に濡れた草をさくさく刈る

 ときおり手を止め、いねの花見つめ

 小さなカエル見つめ、浮き草見つめ、

 そら、見つめ

 みどりに染まってゆく

稲の花が咲き始めた

 山の小さなたんぼで、混植米を育てています。もう5年前頃から、古代米も含めた18種類の種モミを混ぜ、苗を育てて植えているのです。多分交配して、何十種類にもなっているかもしれませんが。
 早生の品種の花が咲き始めました。木曾の友達がくれた「ななつぼし」か「おぼろ月」かな。こんなに雨が多くて、寒くて、ちゃんと受粉して実入るか心配です。
 混植米の名前は「なかよし米」と呼んでいます。

2009年7月25日

まってるよ~

 初めての子供が一歳になったお誕生日に、親兄弟15名が集まるという、お食事会の仕出しを頼まれました。写真は揚げ物皿です。車麩のフライとインド風にパコラをつくってみました、車麩のフライは定番ですが、パコラもとってもおいしく出来ました。
 マッシュした新じゃが(草餅のもち米と一緒に蒸しました)に、スパイスを入れて炒めた玉ねぎ、ピーマン、ピーナッツ、新しょうがのみじんを入れて混ぜ、揚げたものです。パコラは豆の粉で作るのですが、日本風に自家製きな粉を水で溶いて衣にしました。カリッとしておいしいのです。雨もよいが続きますが、むし暑くてピリッとしたものを食べたくなりますね。

 あとのメニューは、季節野菜の煮物の他、きゅうり、新玉スライス、もやし、わかめ、炒り卵のバンバンジーソース。それから小さなタンドリーチキンとピーマンとミニトマトを串にしてみました。

2009年7月23日

梅雨ころは球根の季節

 そういえば一昨年の6月末に六ヶ所村へ行ったとき、菊川さんのチューリップ畑で、球根掘りのお手伝いをしたなあ、と思いだし、遅ればせながら花の球根を掘りました。
 去年駐車場にするために庭を壊したとき、たくさん出てきた球根を畑に仮植えしていたのです。手前から水仙、チューリップ。向こうはにんにくと左側は玉ねぎです。今頃は球根の季節だったのですね。
 「団子より花だよ」と言ってくれた人がいました。にんにくやら玉ねぎばかり大切にしないで、店の周りの殺風景な庭に、少しづつ花を増やしてゆこうと思います。

2009年7月22日

夕焼け

 雲が厚くて日食は見られなかったけれど、日暮れまで休耕田の草刈をしてたら、こんな夕焼け。

2009年7月21日

陽に回らないヒマワリ



 今年のひまわり、なんか変。どうしてアッチ向いているんだろう。
 そう気がついて、あちこち見たらみんな北を向いている。このはなやの東の窓から見える3か所のひまわりの花、全部で20本ほどだと思うけど全部北向きなのです。
 どこかで見たこの景色。電磁波問題で有名な荻野先生に見せてもらった写真だ。広ーいひまわり畑の満開のひまわりが、全部おひさまからそっぽを向いてさいていた。そのそっぽを向いている方向には、テレビ局の中継基地だったか、もう忘れてしまったけれど、大きな施設がダーンと建っていた。
 うちの近くのひまわりたちの、南の方角にはD社の携帯中継基地が立っている。気がつくのはそれだけだけど、他にも何かあるのかもしれない。何が原因かわからない。

 目に見えないものを察知する能力があるらしい植物は、生えたところから移動できなくて、花の向きだけでも逃げようとするのだろうか。
 動ける人間は、見えない危険なものを察知できずに、便利だと思って生み出し続ける。そして私も使い続ける。

 自然の痛みに心と目を向けられるだろうか。考え出すと途方にくれて、ただごめんなさいと言うしか思いつかない。


またもちびガエル ニホンアマガエル

 田植えからもうすぐ2か月。うちでは稲の苗を育てた浅いプールを片つけられないまんまです。プール育苗は最初のプールつくりが大変ですが、あとは管理が楽で、失敗が少なく病気も出ない、有機農業をするにはとっても良いやり方だと思っています。
 今年はハウスにプールを作ったせいか、苗を育てている間からたくさんのアマガエルたちが、毎夜うるさいほどに鳴いていました。田植えが終わって、さっさと片つけようとしたのですが、ちょっとまてよ、あれほど鳴いていたのだから、もしかして卵を産んでいるかもねと思い。
 わあ、沢山いました。すでに小さなオタマジャクシになって。さあ大変。

 以来、水を切らさないように入れ、ちょっと餌をやってみたり。この頃は暑いので日影を作ったりなんかしちゃって。全部すくって田んぼに入れてやればそれまでなのですが、アマガエルは大人になると水辺を離れて、畑のアブラムシなんかをしっかり食べてくれるので、それを期待し(というか、見ているのも楽しいので)観察しています。
 この頃は続々ちびがえるクンになって、巣だって行っています。まだ尻尾があるチビさんは泳ぎが変で、まるで遭難しているようです。呼吸もえらから肺呼吸になるから、表面をヒョコヒョコ、モタモタ。ビニール張りのプールのふちは、まだ手の吸盤がちゃんと出来ていないらしく、登るのに苦労しているようです。そのせいか時々死んだ小さなカエルが、オタマジャクシの餌食になっているのを見かけました。

 ああ、それにしてもどんな感じなんだろう。突然魚から両生類になる感じって。手が生えて肺に空気が入って陸に上がるって。すごい経験だろうな。脳も変化するのだろうか。