農家のお菓子とごはん「こめはなや」

2012年1月30日

酒まんじゅう今年も始めました



 写真がいまいちですが。

 一月に入ってから酒まんじゅうを再開しました。今のところ8種類あります。
 
 蒸し直すかチンして温めるとふっかふか。おいしいですよ~。

氷もちを作っています




 寒の時期に作る氷もち。仕事の合間に作っているところ。
 二日間ぐらい水につけておいて、寒い夜に日陰の風の通るところにつるします。





 これは一回目をつるしたところですが、竿一杯ぐらいは作ろうと思います。




 なんだか近々巨大地震が来るという予測が伝わってきますが、どうかは解らないものの冷静に備えはしておいた方がよいと思っているところ。この氷もちもいざとなれば食べられるか、、、などと思いながら眺めるのはあまりうれしいものではありません。これも自然の摂理となれば仕方ないことですね。
 いままでのんびり構えていて対処してこなかった食器棚などなどの固定を急いでいます。フォッサマグナと中央構造線とそばに霧訪山断層があるこの地であった事に今さらながらに気づくお粗末。なんとか大したことなくこの一年を乗り越えることができることを願うばかりです。


2012年1月25日

ゆきの雪だるま

 きょうもまた雪かきから始まる、うううと唸る日曜朝。
 
 しかしありがたいことにまだゆっこちゃんは雪かきが楽しいらしく、るんるん雪を丸めだし。


 


 夢中であります。


 


 できたよ!!



 ゆっこちゃんは本当はゆきこでありますから、ゆきの雪だるま、まあかわいいのができました。




 ちょうどご飯を食べに来てくれたパン屋のコッヘルさんと。穂高から箕輪に引っ越して店舗兼自宅を建て、2月オープン予定です。おいしいので私たちもとっても楽しみです。

 名前もコッヘルから「ハルハナ堂」と変えるそうです。え!似てなーい?(ムギハナ堂だったら面白かったのにね。ひとり言。)

 完成見学会が1月29日にあります。興味ある方は設計士新井さんにお電話を。
 ℡ 080-5140-7207


 この日はとても温かで、午後になったらすっかり痩せちゃったゆきゆきだるま。
 太らせております。




 おいらのは取ってくれんかねえ。





小野宿雪景色




 初期中山道北に向かって。右は仮本陣の「問屋」





 反対側 やはり北へ 手前のおおきな家は「酒屋」さん、横浜の副市長だった「山丸」さん、そして小野酒造です。






 
 こちらは問屋から南に向かって、隣が旧郵便局(角部屋は電話の交換台がありました)、はずれがこめはなやです。


 雪が似合います。

 と、この19日木曜日はまだ写真を撮る余裕がありましたがああ。

 翌日は一日に3回雪かきでえ。はれほれ~~。つらいっす。

母屋の壁工事



 国道沿いにある母屋の白壁が、ぺろぺろはがれてかっこ悪く気になっていました。木の部分と屋根の一部分も赤茶色で気に入らなかったのですが、思い切って塗り直してもらいました。




 ちょっと宿場らしくなったかしらん。

 他の家々は多分安政3年の大火事で建て替えたままらしいのですが、うちは30年前に一部改築してしまったので、町並み保存から外れています。ぼろ屋ながらも広ーい土間があって黒光りする大黒柱や板の間があったのですが。今思うともったいないことをしました。

 いつもお茶を飲みに来てくださる建築関係の方に壁のことをちょっと相談したら、「ここが気に入って、なにか関われたらいいと思っていたので」と言ってくださり、とんとん拍子で進んであっという間にきれいになりました。

 来てくださった職人さんがまた!かしらが80歳になろうというかくしゃくとしたおじさんで、他の方もまあ平均年齢75ぐらいではないかと思われ。あっぱれおじいさん軍団。仕事も早くきれいにやってもらいました。

 「今度はこの角に看板を立てなさい」と皆さんに言われて、ハイハイ冬の間に考えますです。

 あー楽しかった。こめはなや、本当にひとに恵まれておりまする。


2012年1月10日

やっと機械の手入れを終えました

 毎朝零下10℃ぐらいの日が続き、日中も温度が低いので雪が解けません。
 
 この時期にこの寒さは珍しい。発酵を心配して野沢菜の樽を寒いところに置いておいたら、結構な氷が張るようになってしまい、えんやこら小屋の暖かめなところに移動しました。




 でも今日はちょっと温かで、この後どんどん冷えるとの予報。

 気になって気になって、でもできないでいた農機の手入れをようやっと済ますことができました。ほんとうは12月中旬くらいにはやってしまうはずだったのですが。

 さすがにこの天候では水をかけて洗えないので、洗うのは断念。トラクターと管理機、稲刈り機、脱穀機の燃料をいっぱいにしたり、抜いたり。燃料をはらったらエンジンの中の燃料も空にしないといけません。
 
 バッテリーを外したり、油さしたり、掃除したり。

 あ~~よかった。ほっとしました。

 毛布かけてしばし冬眠してもらいましょう。

 わたしも今日から枕を高くして寝られそうです。



ピー子救えず

 店の前の石のくぼみで生まれたオタマジャクシ。最後の2匹を水槽に入れたと以前報告しました。

 大きい方をピー子、小さい方をパー子と呼んでおりましたが、昨年暮れにピー子の手が出ていよいよカエルらしい面構え。さあどうしよう・・・と焦り、「ひと・むし・たんぼの会」のみなさんに食べ物のことなど聞いておりました。が、なにぶん暮れのもちつき作業に突入しており、まだまだしっぽも長かったので、上陸にはまだ間があると判断しておりました。

 今年はゆっくり休みをいただき、だいぶ気持ちがほどけた仕事初めの7日。

 あーーーー!!ピー子が!!というゆっこちゃんの叫び声!
 水槽の底にひっくり返っているではないか。すくい上げてみると足を動かすので、とりあえず浅い皿に入れ水をそそぎ、周りを土にして暖かいストーブのそばに置き、大急ぎ塩尻の釣具屋さんへ。教えてもらったサシを買いました。





 鼻を出して体は水の中にいる感じでしたが、暖かくなったためかゆっくり動くようになり、しかしサシを食べるような感じもせず。
 どうしたらいいかと思っていたら、オオ!久野さんが写真の交換に登場!アブラムシが良いと教わりました。うちのハウスにはよさそうなのがなく、翌日ゆっこちゃんちの小さなビワの葉にアブラムシがたくさんたかったのを持ってきてもらいました。

 葉っぱを入れて一日仕事をしていたのですが、そのうち葉っぱの上にのってけっこうたくさん食べたのでほっと胸をなでおろしました。




 翌日の朝は動いていたのですがアブラムシを食べる様子はありません。
 夕方見たら動かず、死んでしまっていました。

 考えられるのは夜の寒さかと思うのですが。他に思い当たることがないのですが。
 まだパー子ちゃんが後ろ足だけの状態で水槽にいるので、この先が心配です。オタマジャクシとカエルでは、呼吸が変わる、エサが変わるだけでなく、耐えられる温度も違うのでしょうね。知識不足で・・・・。それにしてもどんな感じでしょうかねえ。足や手が出て水から上がるという経験は。

 パー子です。




 そんなわけで年明けから、右往左往なこめはなやでございました。
 どなたか良い知恵がありましたらパー子のためにお授けください。


2012年1月4日

Unknown



 去年まで気付かなかった。

 こんなに毎日零下10℃ぐらいになっているのに、まだヤドリギに薄緑の透明な実が。

 雪かぶってる。

 きみたち、どうするつもりなの?

 ああ、そうか、いつもなら鳥たちが食べてしまってなくなっているはず?

 ほんとうに

 どこへ行ってしまったんだろう。鳥たち。

 せつない

 おいしいはちみつをくれる木曾の明さんちの蜂も半分死んでしまったという。

 しゅうちゃの家の蜂も全滅だと言っていた。

 人間だけのこって生きてゆけるのだろうか。

一夜飾り



 暮れの31日、早朝にわらを取り出して最小限のしめ飾りをつくっておき、配達に出ました。午後から山に行って松とそよごをとってきて松飾を。父がいるころはいつも29日に山に行っていたなあ。ときどき一緒に行きました。

 ほんとうは30日には飾っていなくてはならなくて、大みそかに飾っていたら隣のお姉さんに「一夜かざりじゃん」と言われてしまいました。

 ごめんなさいね、と神様にあやまりつつ。

 家の玄関、神棚、かまどの神様、井戸の神様、蔵の入り口、この写真は下の畑にある家の守り神様、それに店と離れが増えて。いくつ飾ったかわからなくなりました。
 ことしは穏やかで暖かかったので、ずいぶん楽。
 暗くなる頃おせちに取り掛かる、いつものパターンとなってしまいましたが、とにもかくにもつつがなく一年を終われたことに感謝したこの暮れでありました。

 それにしても相変わらずバタバタやっとるのう、と家の神様にあきれられているだろな。